忙しい日々からようやく脱したからか今日は真っ直ぐ部屋に帰りたくなかった。
本当ならかつを氏と職場の近くにある店に呑みに行く約束だったのだが、彼に急な用事が出来て一人で帰る羽目になってしまった。
人通りで賑わう通りをゆっくりと歩きながら、どこかこの身体を当てはめる場所は無いものかと考える。
友人の顔が浮かんでは消え、眠りもせず込み合った電車の中で呆けていた。
気が付くと駅は過ぎていて、あれだけ混んでいた車内も人の笑い声が聞こえるほど隙間が出来ている。
少しばかり温度も下がっているような気がする。
”たまには違う道を通って帰るのもいいだろ。”
周りの乗客に気付かれないように自分にだけ聞こえる声で呟いて窓の外を見た。
重い腰を立ち上げて「青葉台駅」で降り立った。
以前、会社の女性と行った事のある「JAY’S BAR」という店を思い出した。
意味も無く陽気に振舞う黒人がウェイターの、駅から少し歩いた場所にある地下の小さなBARだ。
一人で呑みに行く事なんて、この何年もしていないがこれから誰かを誘う気にもなれない。
それに誘ったところで今日は金曜日。
電話口で”ごめんね。”と優しく断られるのがオチだ。
誰かと一緒にいなければ落ち着かない、と考えて行き場所を探すより素直に肩の荷を下ろしたほうが気が楽だ。
そんな風に考えて、そして何も考えないようにして階段を下りた。
少しばかりやかましくレゲエが流れている。
朝の5時まで開いている店には、この時間はまだ客の足も向いてはいない。
程よく空いている。
少し訛りのある黒人にカウンターまで促されて重い鞄を下ろした。
身体にこびり付いた疲れを拭うようにしてゆっくりと首に巻いたマフラーを手に取る。
椅子に座って。
煙草に火をつけて。
また呆ける。
まるで旅人のように、帰る場所が決まっていないような気分が暖かい空気と共に肺を満たす。
誰かが隣にいたならビールを頼んでいるところだが今日はブランデーにしよう。
一人だしゆっくり呑みたい。
背の高いユダヤ系の白人にオーダーすると、少ししてポップコーンと自家製チーズとブランデーを持ってきた。
暗くも無く明る過ぎない店の照明がモヤモヤとした気分を和ませる。
なにより自分の他に客がいないのでレゲエのBGMを除けば静かだ。
二本目の煙草に火をつけて、ため息と一緒に煙を吐き出して。
さて、何を考えようかな。
日本人の若い店員が声を掛けてくる。
”お仕事の帰りですか?”
決り文句なのかな。
それともまだこの店に来て間もないのだろうか。
少し緊張したような心が手に取れる。
”ちょっと飲みたくなってね。前にこの店に来た事があって思い出して来てみたんです。”
”ありがとうございます。”
何て事は無い会話だ。
あまりやる事も無いのかやたらと声を掛けてくる。
”今日のニュース見ました?あれ、本当ですかね。”
どうやらビンラディンの事らしい。
朝のニュースなんて見てはいないが、時事ニュースはネットでチェックしているので適当に話す。
”ああ、あれね。どうなんだろうね。”
”僕の友人が「あれはアメリカの仕業だ。」って言ってたんですよ、僕もそうじゃないかなって思って。”
人を見て話題を選んでいるんだろう、ぎこちない声で分かってしまう。
でも、そんな「仕事は仕事」と割り切ってしまう無理を見るのは特別嫌でもない。
それが自然にこなせるようになるまで、どんな事でも最初はぎこちなくこなすものだからだ。
最初からなんでも上手にやり遂げるヤツなんて信用できない。
”まるで、真珠湾の時みたいだね。”
と言った所で”あ、ちょっとすいません。”と奥に行ってしまった。
そんな時間を過ごしていると次第に客が店のドアを開ける回数が増えてきた。
話し声もあちらこちらから聞こえるようになってきて、暇そうにしていた彼も忙しそうにオーダーを取っている。
若い男二人が入ってきた。
常連なのか、気軽に声を掛けて入れたボトルを頼んでいる。
元気のある黒人がキビキビとした動きでラックの中を探しているが見つからないらしい。
”11月に入れて2月までOKって聞いたんだよ、あるはずだよ。”
黒人の店員が”いや、でも・・・”と小さな声で言っているのが聞こえる。
少し離れた場所でやりとりしている会話のボリュームが次第に大きくなってくる。
”2月までって聞いたぞ!無いってのはどういう事だよ!”
”すいません、でも、見つからないから・・・えと・・・。”
日本語の上手くない外国人が日本人に向かって”申し訳ありません。”という気持ちを表現しつつ”しかし、無いものは無い。”という相反する意思の伝達を行うのは極めて難しい。
要するに「言葉は明確に、しかし意向は曖昧に」というテクニックを持っていないのだ。
すかさず日本人の彼が間に入って”お客様申し訳ありません、少々お待ちください。”と言って奥に行き、誰かと話している。
どうやら代わりのボトルを入れて和解したようだ。
何だか自分の会社を思い出してしまう。
どこかの居酒屋で飲んでいたらしい会社員が大挙して店のドアを開ける。
混んできた。
小1時間もいただろうか。
グラスから黄金色が消えたタイミングで席を立った。
郊外とも言えるこの駅にはまだ、だらしない酔っ払いはいない。
冷たい風に吹かれながら自分の乗るはずの電車が到着するのを皆、無言で待っている。
師走の、忘年会シーズンという嵐の前の静けさのよう。
滑り込んできた各駅停車に乗り込み。
閑散とした上り電車の中、窓に映る自分の顔を見る。
誰かと一緒にいても、時間が来ればこうしていつかは一人になって電車に揺られてきた。
宴が楽しければ楽しいほど、一人になった時の寂しさは心に重くのしかかる。
それとも、全てを拒否するか?
悟りを開いた僧のように愛憎離苦と唱えて、寂しさと共に楽しさをも否定する覚悟があるのか?
無いな。
そんなもんは俺には無い。
ただ、今は一人でいるって事。
ただそれだけだ。
せいぜい「これから上り坂だよ、元気出して行くべ!」って。
そういう想いをこの空に放つさ。
星はきれいに瞬いてた。
JAY’S BAR
Posted by in 日記
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